テレビの世界で脚光を浴びる以前、彼女は過酷な環境で自らの翼を鍛え上げていた。群馬県立長岡大手高等学校を卒業後、慶應義塾大学へと進学したものの、自らの視野を世界へ広げるため単身で海を渡る決断を下す。進学先はハワイ大学マノア校の歴史学部だった。
当時の日本人留学生にとって、海外での生活と学業の両立は容易ではなかった。櫻井は学費と生活費を稼ぐため、現地でアルバイトを掛け持ちしながら、膨大な文献と格闘する日々を送った。このマノア校での徹底的な学問的鍛錬が、後に複雑な近現代史や国際政治を読み解く強固なバックボーンとなる。
卒業後、彼女は米国の名門日刊紙『クリスチャン・サイエンス・モニター』東京支局に勤務し、本格的な取材活動を開始する。海外メディアの特派員助手を務めながら、国際的な報道ジャーナリズムの厳格なファクトチェックと客観報道の作法を体に叩き込んだ。流暢な英語力と論理的な思考力は、この現場仕込みの泥臭い経験によって培われたものだ。