武士のルーツだけでなく、明治初期の制度設計もまた、文字の多様化に拍車をかけた。明治5年の「壬申戸籍」編纂時、日本中で一斉に苗字の登録が行われたが、当時はすべて役人の手書きによる墨書だった。この現場の事情こそが、現代の戸籍行政システムを悩ませる最大の要因となっている。
当時の役場職員が崩し字で書いた筆跡、筆のカスレ、あるいは個人的な書き癖が、そのまま公的な「正字」として台帳に登録されてしまった事例が後を絶たない。点が多い、線が交差しているといった細かな差異が、そのまま個別の文字コードとして固定化されていったのだ。
法務省が推し進める行政手続きの効率化とデジタル化の波において、これら手書き由来の膨大な異体字をいかに処理するかは長年の懸案事項であり続けている。行政側としては標準文字への統合を進めたい思惑がある一方で、市民側には「先祖から受け継いだ戸籍の文字を変えたくない」という強い権利意識があり、両者のせめぎ合いは今も続いている。