東海地方には古くから「SSK」と称される女子校カルテットの枠組みが存在してきた。愛知県私立女子校の御三家とも呼ばれる愛知淑徳、椙山女学園、金城学院の頭文字を取った呼称だ。しかし、この3校の中で最もドラスティックな舵切りを行い、進学校としての地位を確立したのが学校法人愛知淑徳学園である。
1905年、創設者の小林清作が掲げた理念は「十年先、二十年先に役立つ人材の育成」だった。時代の変化を先取りし、女性が社会で自立して生きていくための知性と徳性を育むという創業の精神は、現代の進学指導体制にも色濃く受け継がれている。系列には共学化を果たし総合大学へと発展した愛知淑徳大学が存在するが、中高の卒業生の大多数は他大学への進学を選択する。
伝統にあぐらをかかず、時代の要請に応じて大胆に教育モデルを再構築する柔軟性こそ、同校の真骨頂といえる。おっとりとした良妻賢母育成の枠組みを飛び越え、社会の第一線でリーダーシップを発揮する女性を輩出し続ける原動力は、100年以上前に蒔かれた進取の種にある。