食卓の主役に躍り出た背景には、切迫した軍事上の要請があった。第一次世界大戦で羊毛の輸入が途絶した日本政府は、1918年に「綿羊百万頭増殖計画」をぶち上げた。現在の農林水産省の前身である農商務省が主導し、全国各地に種羊場が設置された。
ここで大きな壁にぶつかる。羊毛を刈り取った後の老廃羊の肉をどう食べるか。当時の日本人にとって、独特の強い臭気を持つ羊肉は決して歓迎される食材ではなかった。
この難題に真正面から挑んだのが北海道庁だった。月寒や滝川の畜産試験場で技師たちが血のにじむような試作を重ね、リンゴや玉ねぎをすり下ろした醤油ダレで臭みを抑える革新的な調理法を編み出した。過酷な気候と貧しさを克服するための技術開発が、やがて北国の宝となる郷土料理の骨格を作り上げたのである。