1943年、日比谷の展覧会にこの巨大なキャンバスが現れたとき、会場を包んだのは歓声ではなく、息をのむような静寂だった。軍部が期待したのは、勇猛果敢に敵を粉砕する「輝かしい勝利」の絵だ。しかし藤田が提示したのは、暗褐色に染まった泥と霧のなか、敵味方の肉体がグチャグチャに折り重なる地獄そのものだった。
白兵戦の極限状態。死体を踏みつけ、手榴弾を握りしめ、互いに突き刺し合う兵士たち。そこには敵への憎悪すら超越した、生存の本能と圧倒的な死の虚無しか存在しない。記録によれば、展示会場を訪れた人々は誰一人として口を開かず、絵の前に銭を投げ、静かに合掌して涙を流したという。藤田は戦争の英雄的勝利を描いたのではない。国家の威信という名のもとに捨て石とされた、生身の人間たちの断末魔をキャンバスに固着させたのだ。