2000年代半ばから10年代初頭にかけての埼玉西武ライオンズにおいて、彼の存在感は異彩を放っていた。高卒2年目から頭角を現し、背番号3を背負って遊撃手のレギュラーに定着すると、瞬く間に球界を代表するスラッガーへと駆け上がった。
当時のNPBにおいて、ショートという守備負担の重いポジショニングでありながら、3割30本を狙える打撃力を持つ選手は極めて稀だった。ステップしながらバットを高く掲げる独特のフォームから放たれる打球は、インコースを強烈に引っ張るだけでなく、ライト方向へも伸びていく。勝負どころでの集中力は群を抜いており、相手バッテリーにとって最も恐ろしい存在として君臨し続けた。