八代亜紀さんを語る上で欠かせないパートナーだった増田登氏とは、一体どのような人物だったのでしょうか。その半生は、芸能界の光と影を体現したような激動の連続でした。
増田氏は1955年生まれ。かつては自らもプロの歌手を目指し、昭和の歌謡界に飛び込んだ経歴を持ちます。甘いマスクと歌唱力でデビューを果たしたものの、大ヒットには恵まれず、歌手としての道は志半ばで挫折を余儀なくされました。そんな折、同じ事務所の先輩であり、すでにトップスターとしての地位を築き上げていた八代亜紀さんの現場マネージャーへと転身します。
元歌い手であったからこそ、歌手の繊細な心理や声帯のコンディション、ステージにかける極限の緊張感を誰よりも理解できた増田氏。八代さんの信頼を瞬く間に勝ち取った彼は、単なる付き人を越えて八代さんのプロデュース全般を担う中核スタッフへと成長していきました。そして1994年、八代さんが43歳、増田氏が38歳のときに、約5年間の交際を経てゴールイン。5歳年下の元マネージャーとの結婚は、当時「二人三脚の純愛」としてワイドショーでも大きく祝福されました。
結婚後、八代さんの独立に伴い設立された個人事務所ミリオン企画の代表取締役に就任。社長として会社の経営、全国コンサートの采配、八代さんの画家としての個展マネジメントまでを一手に引き受け、文字通り公私にわたる最強のビジネスパートナーとして君臨し続けました。