名門である東映株式会社との協業は、彼のキャリアにおける決定的な転換点となった。日本映画の黄金期を支えた職人技が息づくスタジオで、あえて彼は様式美に頼らない生々しいアクション映画の構築に挑んだのだ。
CGやスタントダブルに安易に依存せず、役者の息遣いや肉体の痛覚までをスクリーンに刻み込む演出。撮影現場では伝統的な撮影手法を重んじるベテラン技師陣との激しい意見のぶつかり合いもあったという。だが、完成したラッシュフィルムが放つ圧倒的な説得力は、現場の空気を一変させ、老舗映画会社の看板に新たな息吹を吹き込んだ。