壊滅的な打撃を受けた延暦寺ですが、信長が天正10年(1582年)の本能寺の変で倒れると、復興の歯車が急速に回り始めます。
天下人となった豊臣秀吉は、山門の再建を積極的に支援しました。文禄4年(1595年)には大講堂の再建を許可し、寺領の寄進を行って宗教的権威の再生を図ります。続く徳川家康も、天台宗の僧侶・天海を重用し、幕府の庇護のもとで比叡山の完全復活を後押ししました。
現在、国宝に指定されている根本中堂は、寛永19年(1642年)に3代将軍・徳川家光の手によって再建された壮大な建造物です。信長の武力制圧によって軍事・経済的特権は解体されたものの、比叡山は徳川幕府の庇護を受けることで、純粋な仏教教育・修行の聖地として平和裏に再出発を遂げました。