ドラえもんという存在を語る上で欠かせないのが、のび太の玄孫(孫の孫)にあたる野比セワシの存在です。なぜ22世紀の少年が、過去の先祖の元へ子守ロボットを送り込むことができたのか。この点について、SNSやファンコミュニティでは長年「歴史改変のタブー」として活発な議論が交わされてきました。
セワシの暮らす22世紀の野比家は、のび太が起業した会社が花火の不始末で全焼し、莫大な借金を残したせいで、極貧生活を強いられていました。セワシに与えられるお年玉はわずか50円。この悲惨な運命を根本から覆すため、セワシは家にあった中古のドラえもんを、タイムマシンで20世紀(のび太の時代)へと送り込んだのです。
ここで必ず噴出するのが「タイムパトロール(TP)に逮捕されないのか?」という疑問です。22世紀には厳格な「航時法」が存在し、歴史の改変は重罪とされています。このパラドックスに対し、作中や研究本で示されている公式解釈は非常にユニークです。
藤子先生が作中で提示した名言に「東京から大阪へ行くのに、車を使おうが船を使おうが、大阪に着くという結果が同じなら問題ない」という理論があります。つまり、のび太の結婚相手がジャイ子からしずかちゃんへと変わろうとも、セワシという生命が誕生する結末(因果鉄道の合流)さえ維持されていれば、個別のプロセス変更は許容範囲内とみなされるという解釈です。この柔軟なタイムパラドックス理論こそが、ドラえもんという物語を破綻させずに成立させている屋台骨といえます。