日本近代史において特進の代名詞として刻まれているのが、海軍大将・山本五十六の戦死である。1943年、前線視察中にソロモン諸島上空で搭乗機を撃墜された山本は、死後に大将から元帥府に列せられ、元帥海軍大将へと進階した。日比谷公園で国葬が執り行われたこの特進劇は、敗色濃厚な戦局下で国民の戦意を高揚させ、軍部の求心力を維持するための究極の政治的プロパガンダでもあった。
戦前の旧日本軍における階級特進は、個人の犠牲を国家の神話へと回収する装置として機能していた。戦後の自衛隊や現代警察は、そうした国家主義的利用と明確に決別し、あくまで「危険公務に従事した個人への法的補償と名誉回復」へと制度の本質を再定義した。歴史が物語るのは、特進という概念がときに政治的意図に利用されうる危うさを孕んでいたという事実だ。