富沢遺跡を単なる旧石器時代の遺構として捉えるのは一面的な見方に過ぎません。この土地は、時代を超えて人々が生活を営み続けた「複合遺跡」です。
旧石器時代の地層より上層にあたる弥生時代中期の層からは、整然と区画された富沢遺跡 弥生時代 水田跡や水路、杭列が発掘されました。足跡がそのまま残る畦道や水田の畔の構造は、北日本における稲作文化の定着と技術水準を物語る第一級の資料です。
水害に悩まされながらも川の恵みを受け、狩猟採集の場から農耕の地へと姿を変えていった仙台平野の歴史が、ひとつの垂直な地層断面の中に凝縮されています。仙台市が誇る埋蔵文化財行政の緻密な記録によって、数万年にわたる人間と自然の共生関係が可視化されているのです。