等伯の運命を決定づけた最大のキーパーソンが、茶聖・千利休である。既存の権威を嫌い、静寂と内省の中に本質を見出す利休の「わび」の美学は、等伯の芸術観と深く共鳴した。
利休の庇護を得たことで、等伯は中国・南宋の禅画に触れる機会を得る。なかでも牧谿(もっけい)の水墨画に受けた衝撃は計り知れない。権力者が誇示する金ピカの装飾性とは対極にある、削ぎ落とされた墨一色の世界。等伯は利休との対話を通じて、余白の中に宇宙を宿す独自の表現を確立していった。
しかし、利休が秀吉の怒りを買って切腹に追い込まれると、等伯もまた再び政治的な逆風に晒される。時代の寵児たちの栄枯盛衰を間近で見届けた経験が、彼の筆に深い陰影と無常観を刻み込んだ。