では、物語の舞台となった太平洋戦争末期の日本において、実際にカルピスは存在していたのでしょうか。歴史的事実を検証すると、意外な背景が見えてきます。
カルピスは1919年(大正8年)7月7日に日本初の乳酸菌飲料として発売された、非常に歴史の長い飲料です。『火垂るの墓』の舞台である1945年(昭和20年)当時、すでにカルピスという飲み物自体は日本国内に定着していました。
しかし、戦況が悪化するにつれて砂糖や脱脂乳などの原材料は極度に不足しました。当時のカルピスは軍用の滋養強壮品やビタミン補給飲料として軍部に納入されることが優先され、一般市場では極めて入手困難な超高級品となっていたのが実情です。一般市民への配給ルートに乗ることは稀であり、母を亡くし親戚の家を飛び出した清太と節子のような戦災孤児が口にできるような代物では到底ありませんでした。
清太の父は海軍大佐(巡洋艦の艦長)という極めて裕福な軍人家庭の出身でしたが、家を失い疎開先で孤立した兄妹にとって、手に入った甘味の限界がサクマ式ドロップスだったという描写は、当時の配給・経済状況を極めて正確に反映しています。