華やかなスポットライトの裏で、数多くのグループがメンバーの脱退、活動休止、そして解散という苦渋の決断を下してきました。当時の記者会見や本人の手記、報道各社の取材メモを突き合わせると、そこには単なる「不仲」といったゴシップでは片付けられない、個人の生き方と企業組織との激しい摩擦が存在していました。
SMAP解散(2016年)――派閥対立とタレントの自立
日本中を揺るがしたSMAPの解散劇は、長年グループを育て上げたチーフマネージャーと事務所経営陣との主導権争いが契機となりました。2016年1月に放送された『SMAP×SMAP』での生謝罪で見せたメンバーの硬い表情は、長年エンタメ界に君臨してきた巨大組織の「ガバナンスの歪み」を全国のお茶の間に可視化させる結果となりました。最終的にグループは同年12月31日をもって解散。稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾は「新しい地図」を立ち上げて独自の表現領域を開拓し、中居正広は個人事務所「のんびリーナ会」を設立、木村拓哉は事務所に残りそれぞれの道を歩むことになりました。
嵐の活動休止(2020年末〜現在)――「自由な生活」と5人の鉄の結束
嵐の活動休止は、リーダー・大野智の「一度何事にも縛られず、自由な生活をしてみたい」という率直な申し出から始まりました。2017年6月に大野が他のメンバー4人にその意志を伝えてから、約1年半にわたって幾度も話し合いが重ねられました。当時の記者会見で櫻井翔が語った「1人でも欠けたら嵐ではない」という言葉通り、誰かを補充したり4人で強行したりすることなく、全員一致で休止を選んだ点は、アイドル史における画期的な「誠実な合意形成」として称賛されました。2024年には5人連名で「株式会社嵐」を立ち上げるなど、権利と関係性を保持したまま休止状態を保つ新しいモデルを確立しています。
KAT-TUN激動の歩み――6人から3人へ、10周年の充電期間
2006年にデビューシングル・アルバム・DVDの同時3冠という伝説的記録を打ち立てたKAT-TUNは、メンバー脱退の波に最も翻弄されたグループの一つです。海外志向を貫いた赤西仁の脱退(2010年)、度重なる契約違反による田中聖の専属契約解除(2013年)、そして方向性の違いからグループを離れた田口淳之介(2016年)。デビュー10周年を迎えた2016年には、6人から3人へと半減した現実に直面し、約1年8カ月に及ぶ「充電期間(活動休止)」に入りました。当時のライブで亀梨和也が見せた悔し涙と、復帰後に堂々とドームに立った3人の姿は、度重なる逆境を乗り越えるアイドルの執念としてファンの胸に深く刻まれています。
King & Princeの分裂とTOBEへの合流
2023年5月、絶頂期にあったKing & Princeから平野紫耀、神宮寺勇太、岸優太の3名が脱退・退所。残留した永瀬廉、髙橋海人の2人体制へと移行しました。背景にあったのは、海外進出に対するスピード感や方向性の乖離でした。脱退した3名は滝沢秀明が立ち上げたTOBEへ合流し「Number_i」として再始動。国内外のフェス出演やデジタルチャート席巻など、自らが思い描いたグローバル展開を猛スピードで具現化しています。一方、2人となったKing & Princeもファンとの絆を再構築し、ドーム公演を成功させるなど、双方が異なるアプローチで成功を収める異例の展開となっています。