インターネット上の掲示板やSNSでは、帝が横を向いた瞬間の極端な三角形の輪郭に対して「ジブリ史上最大の作画崩壊」「スタッフが悪ふざけしたのではないか」といった声が散見されます。しかし、ジブリ公式の制作ドキュメンタリー『高畑勲、「かぐや姫の物語」をつくる。』や各種メイキング資料が示す事実は、その正反対です。
『かぐや姫の物語』は、人物造形・作画設計を担った天才アニメーター・田辺修氏のスケッチの生命感をそのまま銀幕に定着させるため、従来のセル画調の均一な輪郭線を廃し、鉛筆画のような生々しいスケッチ調の線をそのまま動かすという狂気的な作画技法が採用されました。この過酷な工程において、画面に映るすべての線は、高畑監督の徹底的な美意識と厳しいチェックを経てミリ単位でコントロールされています。
つまり、ジブリ映画『かぐや姫の物語』における帝のあごの鋭利な造形は、作画の破綻などではなく、高畑監督が求めた「この男の異質さ」を視覚的に刻み込むための計算された誇張(デフォルメ)にほかなりません。高畑勲という演出家は、徹底したリアリズムを重んじる一方で、人物の内面や本質をあぶり出すためには容赦なく造形を歪める表現主義的な手法を得意としていました。あの尖りきったあごは、単なる記号的な美形キャラクターに甘んじることを拒否した、制作陣の強固な作家性の結実です。