伝統的な報道協定の枠組みを最初に突き破ったのは、週刊誌メディアだった。1997年7月、週刊新潮は逮捕された少年の顔写真を紙面に掲載するという過激な決断を下す。日本法曹界や法務省からの猛抗議が相次ぎ、一部の書店では同誌の販売自粛・撤去の動きまで広がった。
一方、週刊文春をはじめとするスクープ報道を核とするメディアも、事件の背景、家庭環境、精神的過緊張の要因を徹底的に追及した。実名や顔写真の公表を巡る対立は、単なるスキャンダリズムの是非にとどまらない。国家による過剰な法規制と、国民の知る権利の保障という、言論の自由に直結する重い問いを突きつけたのだった。