だが、あの涙の裏側に隠されていた真実の重みを、当時の世間はどれほど理解していただろうか。関係者への取材で見えてきたのは、義理とプレッシャーの間で極限まで精神をすり減らしていた若き主砲の姿だった。
当時、一足先に阪神タイガースへ移籍していた兄貴分・金本知憲の存在は決断の大きな引き金だった。「厳しい環境に身を置いて自分を極限まで追い込みたい」という純粋な野球人としての渇望と、育ててくれた広島への尽きない恩義。二つの感情が激しく衝突し、精神的な袋小路に迷い込んだ末の号泣だったのだ。
阪神のユニフォームに袖を通した初年度、彼は罵声を一身に浴びながらも黙々とバットを振り続けた。ある球界OBは「新井ほど批判を受け止め、逃げずに泥をすすった選手は見たことがない」と証言する。嘲笑の対象だった言葉の裏には、己の弱さと向き合い続けたプロフェッショナルの壮絶な覚悟が刻まれていた。