1992年8月16日、第74回全国高等学校野球選手権大会の第7日。超満員のスタンドが目撃したのは、高校野球の常識を根底から覆す異様な光景だった。星稜高等学校野球部の4番・松井秀喜が打席に立つたび、明徳義塾高等学校野球部の捕手は立ち上がり、大きく外角へミットを構える。1打席目、2打席目、3打席目……場内のどよめきはやがて苛立ちへと変わり、4打席目を迎える頃には怒号へと変貌していた。
圧巻だったのは9回裏、1点を追う星稜の攻撃、二死三塁という土壇場の一幕だ。スタンド全体が一打同点、あるいは逆転劇のドラマを期待して息を呑む中、明徳義塾バッテリーは迷うことなく5度目の敬遠を選択した。勝負を避けられた松井は、微塵も感情を乱すことなくバットをそっとグラウンドに置き、一塁へと走る。直後、怒りを抑えきれない観衆からグラウンドへメガホンやゴミが投げ込まれ、球場全体に地鳴りのような罵声が響き渡った。
試合はそのまま3-2で明徳義塾が勝利を収めた。しかし、勝者を称えるはずの校歌演奏中にも激しいコールは鳴り止まず、勝利チームが球場を去るバスには警察の先導がつくという異例の幕切れとなった。