なぜ火葬場から煙突が消えた?無煙化技術と名建築が変えた別れの風景とは一体何なのか? 詳しい意味を丁寧に紐解いて紹介します。

煙突という巨大な機能的制約から解放されたことは、日本の建築界にも未曾有の創造性をもたらした。火葬場は「忌避すべき煙を吐く工場」から、遺族が故人を静かに偲ぶための「聖なるランドマーク」へと脱皮を遂げたのだ。

その先駆けとなったのが、建築家・槇文彦が手掛けた大分県中津市の「風の丘葬斎場」である。公園のような広大な敷地に低く抑えられた建築群を配置し、煙突の存在を感じさせないランドスケープとの融合を実現した。建築設計において死をタブー視せず、地域の景観資源へと昇華させたモニュメンタルな傑作として知られる。

さらに、伊東豊雄が設計した岐阜県各務原市の「瞑想の森 市民斎場」は、波打つように広がる有機的なコンクリートの曲面屋根が池の上に浮かぶ圧巻の造形を見せる。煙突どころか排気口の痕跡すら消し去られたその姿は、まるで雲が大地に降り立ったかのようだ。煙突の消滅は、日本の公共建築における表現の自由度を劇的に押し広げた契機でもあった。