聖書考古学において長年論争の的となってきたのが、「エデンの園は現実の地図上のどこにあったのか」という問題です。『創世記』第2章には、園から流れ出て四方に分かれる「4つの川」に関する明確な記述が存在します。
- ピソン川:ハビラ全土(金や香料を産出する地)を巡る川
- ギホン川:クシュ全土(古代エチオピアまたはカッシート地方)を巡る川
- ヒデケル川:アッシリアの東を流れる川(現在のチグリス川)
- ペラテ川:現在のユーフラテス川
後半の2つであるチグリス川とユーフラテス川は現在も中東を流れる実在の大河です。この2本の川が合流・近接するエリア、すなわち古代メソポタミア文明が栄えた現在のイラク南部からペルシャ湾岸地域こそが、エデンの園の最有力候補地とされてきました。
一方で、4つの川の源流を遡った先にあるアルメニア高原(トルコ東部・ヴァン湖周辺)を楽園の地とする説も根強く支持されています。この地域はチグリス・ユーフラテス両河川の源流域であり、山々に囲まれた閉塞的な盆地が聖書の描く「守られた園」のイメージと合致するためです。