「晴天を誉めるなら夕暮れを待て」の基本的な意味は、「物事は最後の最後まで何が起こるか分からないため、完全に終わって無事を確認するまでは軽々しく称賛したり安心したりしてはならない」という戒めです。どれほど朝の天気が素晴らしくとも、日没を迎えて初めてその一日が本当に「晴天」であったと確定します。
このことわざの直接の出典は、アイスランドに伝わる北欧神話の古詩集『エッダ』に収められた『ハヴァマール(Hávamál:高き者の言葉)』第81節に遡ります。「高き者」とは最高神オーディンを指し、過酷な北欧の気候と戦い続けた古代スカンディナヴィアの人々(ヴァイキング)の処世術が色濃く反映されています。同詩節には、現代に伝わる言葉と対になる以下のような具体的な戒めが並んでいます。
- 「夕暮れになって日を誉めよ」(一日の天候変化を見届けるまで安心するな)
- 「妻は火葬されてから誉めよ」(生涯添い遂げ、その全生涯が終わるまで人の真価は定まらない)
- 「剣は試してから誉めよ」(実戦で使ってみなければ真の切れ味は分からない)
- 「乙女は嫁いでから誉めよ」(契りを結ぶまでは何が起こるか分からない)
- 「氷は渡りきってから誉めよ」(途中で割れて命を落とす危険が常にある)
- 「酒は飲み干してから誉めよ」(最後まで悪酔いせず楽しめるか分からない)
極寒の海を渡り、薄氷を踏むような日々のなかで命をつないだ彼らにとって、「途中経過の良さ」に酔いしれることは死に直結する愚行でした。単なる悲観論ではなく、「現象が完了するまで確定値として扱わない」という厳格なリスクマネジメントの知恵が出典の根底に流れています。