仁支川峰子さんの半生を語るうえで避けて通れないのが、幾度となく襲いかかった過酷な病魔との闘いです。特に2009年に発覚した甲状腺乳頭がんは、歌手としての生命を根底から揺るがす最大の危機でした。
診察を受けた当時、腫瘍は声帯を司る「反回神経」のすぐ近くに位置しており、切除手術によって声を失う、あるいは従来の歌声が出せなくなるリスクが極めて高い状況でした。当時の会見で彼女は、「歌を取り上げられたら私は生きていけない。声が残るなら命はいらないとまで医師に詰め寄った」と赤裸々に告白しています。執刀医チームによる極めて繊細な手術の結果、奇跡的に神経の損傷を回避し、病巣の完全切除に成功。懸命なリハビリを経て、彼女は再びステージへと復帰を果たしました。
しかし、試練はそれだけに留まりませんでした。2013年には早期の胃がんが発見され内視鏡手術を受けたほか、不整脈や大腸ポリープなど、度重なる健康トラブルを経験しています。これらすべての病気を克服できた背景には、定期的な精密検査をルーティン化し、早期発見・早期治療を徹底してきた本人の危機管理意識の高さがあります。
2026年現在の健康状態について、定期健診の数値を良好にコントロールしており、食事面でも野菜中心のバランスの良い自炊を心がけていることが伝えられています。「病気をしたからこそ、身体の小さな悲鳴にすぐ気づけるようになった」という本人の言葉通り、病魔を乗り越えた経験が現在の強固な自己管理能力へと昇華されています。