彼のキャリアを語る上で欠かせないのが、昭和の映画界を牽引したメジャースタジオとの関わりだ。キャリア初期に所属した大映では、洗練されたモダンな時代劇の作風の中で基礎を固め、その後に移籍した東映でその才能は爆発的な開花を遂げる。当時の東映は、荒々しくも泥臭い人間ドラマと、圧倒的な熱量を持つアクション路線で黄金期を創出していた。
このふたつの巨大撮影所を渡り歩いた経験が、彼の演技に他者には真似できない深みを与えた。舞踊に裏打ちされた線の美しい型と、画面から血の匂いが漂うような生のリアリティ。その両立こそが、当時の邦画業界において彼を唯一無二の存在たらしめた最大の要因だ。現場で見せる妥協なき姿勢は、常に共演者やスタッフを緊張感の極致へと追いやった。