本作において、読者に強いトラウマと鮮烈な印象を与えたのが、母・夕子と担任教師である「柴ちゃん先生」こと柴沢由里の存在だ。夕子の放つ静かな恐怖は、過干渉や毒親という言葉だけでは括りきれない。息子の人生を己の所有物として支配し、絶望を共有することでしか愛を確認できない悲劇的な病理がそこにはある。
一方で、一見まともな教育者に見えた柴ちゃん先生が、令児との関わりの中で狂気へ変貌していく様は圧巻だ。絶望に沈む生徒を救うという大義名分は、いつしか自分自身の退屈な日常を破壊するための身勝手な執着へと変貌した。大人が子供を救うのではなく、大人が己の飢えを満たすために子供を消費していく構図。この二人が見せた「歪んだ救済」の形は、現代社会が抱える家族問題や精神的孤立の闇を鋭く抉り出している。