インターネット上の検索コミュニティやSNSでは、しばしば「寺島しのぶと実家・音羽屋の不仲」「母・富司純子との確執」といったセンセーショナルな噂が独り歩きすることがあります。しかし、これらの噂の多くは過去の一時期の断片的な発言を文脈無視で切り取ったものに過ぎません。
確かに、20代から30代前半にかけての寺島しのぶが、自著やインタビューで「母のように家庭に閉じこもりたくない」「弟ばかりが優遇される梨園が悔しかった」と率直な心情を吐露したことは事実です。また、富司純子自身も厳格な梨園の妻として、型破りな行動を繰り返す長女に対して厳しい姿勢を取った時期がありました。しかし、これを単なる「家庭内不和」と片付けるのは本質を見誤っています。
決定的な転換点となったのは、寺島しのぶが女優として唯一無二の評価を確立したこと、そして長男・眞秀を出産したことでした。しのぶは自らの血脈を否定するのではなく、むしろ自らの息子に「歌舞伎の道」を託すという選択をしました。これに対し、七代目菊五郎や富司純子、そして弟の八代目菊五郎は、眞秀の歌舞伎界入りを全面的に後押ししたのです。
2023年5月の歌舞伎座における初代尾上眞秀の初舞台会見では、祖父である七代目菊五郎が目を細めて孫の成長を称え、叔父である八代目菊五郎(当時・菊之助)も惜しみない助言を与えていました。ネット上でささやかれるような冷徹な確執などは存在せず、むしろ「芸の厳しさを知るプロフェッショナル同士の緊張感」が、成熟した家族愛へと昇華したのが真相です。