談志の電撃降板後、番組は存続をかけて司会者の交代とフォーマットの刷新を繰り返しました。笑点 歴代司会者のバトンタッチは、まさに番組が国民的長寿番組へと脱皮していく歴史そのものです。
談志の後を継いだ2代目司会者は、人気タレントの前田武彦でした。落語界の外部から司会者を招くことで雰囲気を一新しようと試みましたが、わずか1年あまりで降板。続いて1970年12月に3代目司会者として抜擢されたのが、昭和を代表するコメディアンの三波伸介です。
三波伸介 笑点 司会時代は、まさに番組の第1期黄金期と呼べる時代でした。「減点ファミリー」などで爆発的な人気を誇っていた三波は、豪快なツッコミと温かい人柄でメンバーの個性を引き出し、大喜利を寄席落語の枠から「日曜夕方のお茶の間バラエティ」へと完全に昇華させました。「うーんと考えてみよう」「ばっかじゃないの!」といった流行語も生まれ、視聴率は連日30%前後を記録する怪物番組へと押し上げました。
1982年に三波が急逝した後は、初代メンバーの三遊亭圓楽(5代目)が4代目司会者に就任します。圓楽は「星の王子さま」の愛称で親しまれ、上品な江戸前落語の風格を漂わせながら、23年半にわたって司会を務めました。圓楽司会のもと、歌丸、木久蔵、三遊亭楽太郎(のちの6代目圓楽)、林家こん平らによる盤石のメンバー構成が確立され、現在に続く番組のアイデンティティが完成しました。