武蔵三郎という男を理解する上で避けて通れないのが、彼の心を蝕み続けた2つの巨大なトラウマです。彼がなぜこれほどまでに自らの命を顧みず、他者を救うことに執着するのか。その謎は、彼が過去に犯してしまった選択と、封印された一族の暗史に直結しています。
第1のトラウマは、『大病院占拠』のプロローグでも描かれた「ガソリンスタンド立てこもり事件」です。当時、現場に突入した武蔵は、人質を守るためにやむを得ず犯人を射殺しました。法律上および警察官職務執行法上は正当な判断であったものの、一人の人間の命を自らの手で奪ったという事実は武蔵の精神を激しく打ち砕きました。重度のPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症し、幻覚やフラッシュバックに苛まれるようになった彼は、家族の安全すら守れないのではないかという自責の念から家庭を離れる決断を下します。
さらに『新空港占拠』で明らかになった第2のトラウマが、30年前に起きた実兄・武蔵健一の失踪事件です。当時、県警警備局に在籍していた兄・健一は、地元の有力政治家や警察上層部が絡む巨大な汚職・隠蔽工作を捜査中に突如として姿を消しました。少年時代の三郎にとって憧れの象徴であった兄が、なぜ消えなければならなかったのか。警察組織そのものが兄の存在を闇に葬り去ったという疑惑は、武蔵が警察組織に対して抱く根深い不信感と、真実への異常なまでの執念の原体験となっています。