バイクチームとして名を馳せたクールスは、やがて音楽シーンへの進出という大きな転換期を迎える。ヴォーカルとして抜擢されたのが、ピッピこと水口晴幸だった。
バイクを乗り回していたストリートの男たちがマイクを握る。そのデビュー曲「紫のハイウェイ」を手掛けたのは、キャロルを解散した直後の矢沢永吉だった。矢沢が書き下ろした切なくも情熱的なメロディに、水口晴幸の掠れたリアルな歌声が重なり、唯一無二のサウンドが誕生する。
喧嘩とバイクに明け暮れた原宿の若者たちが流し込んだリアルな熱量は、単なる歌謡曲とは一線を画す「昭和ロックンロール」の金字塔となった。彼らの音楽には、路地の匂いや散っていった汗、そして仲間との絆がそのまま刻み込まれていた。