当時多くの人々を困惑させた「なぜ人気絶頂のタイミングで分裂しなければならなかったのか」という疑問。公式ファンクラブ動画やその後のロングインタビューで語られた言葉を丹念に照合すると、脱退理由の核心は「海外展開に対するスピード感と意識の差異」にありました。
結成当初からジャニー喜多川氏の悲願であった「世界進出」を強く意識していた平野さん、岸さん、神宮寺さん。年齢を重ねる中で「今挑戦しなければ手遅れになる」という強い危機感を抱いていた3人に対し、永瀬さんと髙橋さんは「まず国内のファンを大切にし、足元を固めながらグループとしての土台を守りたい」という誠実な姿勢を重視していました。どちらの選択も間違いではなく、エンターテインメントに対する哲学と人生観の相違が臨界点に達した結果でした。
TOBEに合流した3人が結成した「Number_i」の快進撃は目覚ましく、デビュー曲『GOAT』をはじめとする楽曲群は国内外の配信チャートを席巻。アメリカの大型音楽フェスティバル「コーチェラ(Coachella)」での堂々たるステージパフォーマンスは、彼らの海外志向が決して口先だけのものでなかったことを証明しました。
平野紫耀さんはルイ・ヴィトンやイヴ・サンローラン・ボーテなどの世界的ブランドパートナーとして圧倒的な存在感を放ち、神宮寺勇太さんはファッション界での躍進に加えクリエイティブの要としてプロデュース能力を開花させています。岸優太さんも持ち前の圧倒的な歌唱力とラップスキルを磨き上げ、グループの音楽的クオリティを底上げしています。
一方、一足早く独自の道を切り拓いてきた岩橋玄樹さんは、アメリカのマネジメント会社「Three Six Zero」と連携しながら、日米を往復するグローバルなスタイルを定着させました。自身のメンタルヘルス体験を隠すことなく発信し、多様性を尊重するポジティブなメッセージは国内外のファンから深い共感を呼んでいます。