「なぜ、あれほどの天才歌手が忽然と歌を捨てたのか」――多くの音楽ファンが抱き続ける疑問の核心には、昭和の興行界が内包していた歪みと、誠実な職人気質を持っていた子門真人本人の精神的摩耗がありました。
子門真人の引退理由において決定打となったのは、メディアによる過激な私生活の侵害と、商業主義にまみれた芸能ビジネスへの絶望です。1975年暮れに「およげ!たいやきくん」が爆発的セールスを記録した直後、彼の自宅周辺には昼夜を問わず取材陣や野次馬が殺到しました。インターホンを鳴らし続ける記者、窓越しにカメラを構える週刊誌、さらには見ず知らずの人間からの執拗な接触により、日常生活は完全に崩壊したと当時の関係者は述懐しています。
当時の特番インタビューや後年の関係者手記によれば、本人は「歌を歌うこと」そのものに対しては純粋な誇りを持っていたものの、「歌手・子門真人」という虚像が独り歩きし、金儲けの道具として扱われる環境に強い嫌悪感を抱いていました。周囲の人間が突如として手のひらを返し、利権や金銭を巡って群がってくる様を目の当たりにしたことで、極度の人間不信へと追い込まれていったのです。
1990年代初頭、フジテレビ系番組の同窓会企画や特番に限定的に顔を出した時期もありましたが、そこでも自身の歌の技術ではなく「たいやきくんの一発屋」という消費のされ方をされたことに深い失望を覚えたとされます。1990年代半ば、彼は誰にも看取られることなくマイクを置き、自ら芸能界の扉を固く閉ざしました。