なぜ真犯人の追及は頓挫し、一人の冤罪被害者が生み出されたのか。その中心には、静岡県警察による常軌を逸した捜査手法が存在する。連日10時間を超える極めて苛烈な取り調べにより自白が強要されたプロセスは、後に日本の取り調べ史における負の遺産として批判を受けることとなった。
さらに裁判の最大の争点となったのが、事件から1年2ヶ月も経過した後に味噌タンク底から発見された「5点の衣類」である。衣類に付着した血痕の赤みが長期間経過後も残っていた点について、科学的検証は不自然さを明確に示していた。捜査機関側による証拠の捏造が強く疑われる事態となり、真犯人の特定という本来の目的は、自白と強弁に依拠した組織防衛の陰へと完全に隠蔽されてしまったのである。