映画産業の最前線でディテールの神話を更新し続けているのが、映画監督クリストファー・ノーランだ。世界的な社会現象となった『オッペンハイマー』において、彼が徹底したのは徹底的なアナログへの回帰と異常なまでのリアリズムだった。CG全盛の時代にあって、実物大のロスアラモス研究所の街を砂漠に建設し、劇中に登場する数式や実験機器、果ては科学者たちの着るスーツの生地の織り目に至るまで、完璧なプロダクションデザインが施された。
かつて彼が手掛けた数々の傑作SF映画でも証明されている通り、ノーランの現場では「本物を置くこと」が俳優の演技を引き出し、光の反射すらも真実にする。緑色のスクリーンの前で演じる芝居と、徹底的に作り込まれた空間で演じる芝居とでは、瞳に映る光の質が根本から異なる。『オッペンハイマー』が放つあの圧倒的な緊迫感は、妥協を拒絶した物質的なディテールが積み重なった結果にほかならない。