なぜ同じ原作から生まれながら、2006年の日本映画版と2017年のハリウッド版でここまで評価が激変したのか。その理由は大きく分けて3点に集約される。
第一に「頭脳戦とロジックの尊重」だ。日本版は夜神月とLのチェスのような緻密な駆け引きを主軸に置き、観客を知的なサスペンスの世界へ引き込んだ。対してハリウッド版は、ノートの殺害ルールの抜け道を狙うような雑な展開が多く、頭脳戦としての快感が根底から欠落していた。
第二に「キャラクターの美学」である。藤原竜也と松山ケンイチが演じた二人は、歪んだ正義感と絶対的知性という原作の美学を忠実に守り抜いた。しかしハリウッド版では、登場人物たちの行動原理が感情的かつ軽率であり、観客が感情移入や恐怖を感じる隙を与えなかった。
第三に「結末の美しさ」だ。日本版映画は、原作とは異なるオリジナルエンドを採用しながらも、テーマ性を完璧に昇華させファンを納得させた。対してハリウッド版は次回作を意識した中途半端なエンディングに終わり、消化不良感を残した。この構成力の差が、評価の天と地を分けたのだ。