彼を語る上で避けて通れないのが、日本歌謡界の巨頭である森進一と森昌子という偉大な両親の存在だ。生まれながらにして背負わされた「大物歌手の息子」という看板は、思春期の彼にとって重すぎる十字架だった。
どこへ行っても親の七光りという色眼鏡で見られ、個人の実力や努力を正当に評価されない悔しさ。その反動が、親の庇護を完全に脱ぎ捨て、泥臭いライブハウスの床を這い回る原動力となった。歌謡曲仕込みの圧倒的な声量と哀愁を帯びたビブラートは、確実に両親から受け継いだ天賦の才でありながら、彼はそれを徹底的に叩き壊し、独自の武器へと再構築していった。