流通の素人と見なされていた清二でしたが、1970年代から80年代にかけて驚異的な才能を開花させます。「モノからコトへ」「感性の消費」を旗印に掲げ、パルコ、西友、ファミリーマート、ロフト、良品計画(無印良品)を次々と生み出しました。糸井重里、浅井慎平、田中一光ら超一流のクリエイターを登用し、渋谷や池袋の街を劇場化。セゾングループは売上高4兆円超、グループ会社100社を超える一大消費帝国へと急成長を遂げます。
しかし、その快進撃の足元は脆く崩れ去る運命にありました。セゾングループが解体へと追い込まれた直接の理由は、文化戦略の暴走と、金融レバレッジへの過信によるものです。特に致命傷となったのが、1988年に敢行した英国名門インターコンチネンタルホテルズ(IHC)の買収でした。買収総額は当時のレートで約21億ドル(約2,800億円)。弟・義明のプリンスホテル網に対抗し、世界規模のホテルチェーンを手中に収めようとした背伸びの投資でした。
さらに、グループ内のノンバンクであった東京シティファイナンスが、バブルの熱狂に乗せて不動産担保融資を野放図に拡大。バブル崩壊とともに巨額の不良債権が顕在化します。その焦げ付き額は1兆円規模に達し、メインバンクであった第一勧業銀行(現・みずほ銀行)は、もはやグループ単体での救済を不可能と判断。清二は1991年にグループ代表から退任を余儀なくされ、巨大帝国は切り売り解体の道を歩むこととなりました。