事故直後、現場の沈殿槽の真上で作業を行っていた大内久さん(当時35歳)と、漏斗を支えていた篠原文雄さん(当時39歳)は、突如として視界を焼き尽くす「青い光」を目撃しました。後に東海村臨界事故の青い光として知られるこの現象は、何だったのでしょうか。
この閃光の正体は、臨界に達したウラン溶液から瞬間的に放出された大量の中性子線とガンマ線によるものです。溶液中の荷電粒子が媒質(水)中の光速を超えて運動するときに発生する「チェレンコフ光」と、高エネルギー放射線によって空気中の窒素や酸素の分子が電離・励起されて青白色に発光する現象が複合したものと解析されています。
閃光を見た瞬間、作業員たちは強烈な倦怠感、吐き気、激痛に襲われて倒れ込みました。沈殿槽の冷却ジャケットの水が反射体として機能して臨界反応が持続し、現場は毎時数十シーベルトという致死レベルの中性子線が絶え間なく降り注ぐ危険地帯と化したのです。