巨人軍『闘魂こめて』歌詞全文と誕生秘話!古関裕而作曲の歴史と真相に関する話題のニュースを速報でお届けします。関心のある方は必見です。

『闘魂こめて』が世に出たのは、1963年(昭和38年)のことです。読売巨人軍が球団創設30周年を迎えるにあたり、読売新聞紙上などを通じて新しい球団歌の歌詞が一般公募されました。

全国から集まった数千通に及ぶ応募の中から見事入選を果たしたのが、新潟県出身の椿三平氏による詩でした。この原案に、当時日本の歌謡界・詩壇の重鎮であった西條八十氏が補作として筆を加え、格調高さと大衆性を兼ね備えた力強い詞へと昇華させました。

そして作曲を手掛けたのが、NHK連続テレビ小説『エール』の主人公モデルとしても知られる古関裕而氏です。古関氏は阪神タイガースの『阪神タイガースの歌(六甲おろし)』や、中日ドラゴンズの初代『ドラゴンズの歌』、さらには夏の全国高校野球大会歌『栄冠は君に輝く』など、日本のスポーツ音楽史を代表する名曲を数多く遺しました。宿敵・阪神の象徴である『六甲おろし』と、巨人の象徴である『闘魂こめて』の双方が同一人物によって生み出されたという事実は、日本のスポーツ文化史における極めて興味深い逸話として語り継がれています。