染井為人による傑作ミステリー正体 (小説)は、多面的な視点から逃亡犯の虚像と実像を暴き出す重厚な群像劇だった。これを映像化するにあたり、正体 (映画)は大胆かつ緻密なアレンジを施している。小説が持つ社会派サスペンスの骨格を敬意を持って受け継ぎつつ、映画では鏑木慶一という個人の内面とエモーショナルな推進力に焦点を絞り込んだ。
藤井監督は、時間軸の交錯や視点の切り替えを鮮やかに整理し、映画ならではの疾走感とサスペンスフルな緊張感を両立させた。原作読者をも唸らせる巧妙な伏線の配置と、視覚的・聴覚的に訴えかける演出の数々。活字で描かれた絶望と希望を、スクリーンという光と影のキャンバスに見事に昇華させている。