映画『君を愛したひとりの僕へ』の核心にあるのは、「ひとりの愛する人を救うために、自分がその人と結ばれない未来を選ぶ」という究極のパラドックスです。幼少期に両親が離婚し、父親(日高研究員)側に引き取られた主人公・日高暦は、父が勤務する虚質科学研究所で日高栞という少女と出会います。二人は自然と惹かれ合いますが、暦の父と栞の母の再婚が決まったことで、法的に兄妹となってしまう運命を回避しようと、実験用のタイムシフト機器「IP端末」を使って並行世界(パラレルワールド)への駆け落ちを試みます。
しかし、この決断がすべての悲劇の引き金となります。跳躍先の並行世界で栞は交差点の交通事故に巻き込まれ、肉体は脳死状態となり、精神の虚質要素だけが交差点の空間に縛り付けられた「交差点の幽霊」と化してしまったのです。元の世界に戻った暦は、交差点に囚われた栞を救うため、自らの全生涯を虚質科学の研究に捧げる孤独な道を歩み始めます。
物語のクライマックスにおいて、老境に達した暦は、共同研究者として支え続けてくれた瀧川和音の協力を得て、ついに理論を完成させます。暦が導き出した唯一の解決策は、「自分と栞が出会わない別の世界線を作り出し、そこで栞が普通の少女として事故に遭わずに幸せに生きる未来を創ること」でした。暦は自らの主観意識を過去へ送り、幼少期の自分自身に「研究所へ行かず、母親についていく選択」をさせます。これによって暦と栞が出会う過去そのものが改変され、栞が事故に遭う運命は回避されました。
ラストシーンで描かれるのは、年老いた暦が交差点のベンチに座っている姿です。そこへ通りかかった老婦人こそが、事故に遭わずに別の人生を歩み、幸せな生涯を送ってきた「栞」でした。二人は互いの名前も過去も知りません。しかし、すれ違いざまに交わす何気ない言葉と、ふと胸をよぎるデジャヴのような切なさを残して物語は幕を閉じます。自分が愛した記憶すら相手から消滅させることで相手の命を救うという、あまりにも純粋で切痛な愛の結末がここに結実しています。