ネット上の掲示板やSNSでは、時折「伊勢神宮の祭主は数千万円単位の高額報酬を得ているのではないか」といった根拠のない憶測が飛び交います。しかし、神宮関係者の証言や公開情報によれば、祭主のポジションは実質的な名誉職・無給奉仕です。
祭主は宗教法人神宮の正規雇用職員ではなく、特別の神職として位置づけられています。支給されるのは、伊勢と東京を往復するための交通費、祭儀期間中の滞在費用、装束の仕立てや補修にかかる実費相当額など、必要経費の弁償が基本です。公金(宮内庁予算や税金)から歳費が支払われることも一切ありません。つまり、物質的な富や報酬のために引き受ける役職では到底あり得ないのです。
むしろ現場で求められるのは、常人には計り知れない過酷な体力と精神力です。宮内庁担当記者の取材メモによると、神嘗祭をはじめとする夜間の祭儀では、以下のような過酷な環境下で神事が進行します。
「正宮(しょうぐう)の内院は、照明が制限され、漆黒の闇と冷気に包まれます。足元は平坦な舗装路ではなく、大粒の玉砂利です。履き慣れない伝統的な履物(浅沓など)で玉砂利を一歩一歩踏みしめながら数十メートル進むだけでも、足腰に強烈な負担がかかります。さらに、神前では冷たい板張りの床や筵(むしろ)の上に正座し、微動だにせず1時間以上祈りを捧げ続けなければなりません。冬場の底冷えや豪雨の中でも祭儀が中断されることはありません」
前任の池田厚子様が80代半ばを迎えられた際、激しい足腰の痛みから歩行が困難になり、玉砂利を歩くこと自体が肉体的な限界に達していました。そのような現場の切迫した状況を受け、2012年に黒田清子様が臨時祭主として急遽助任されたという背景があります。名誉や収入とは対極にある、純粋な「祈りへの自己犠牲」こそが祭主の実態です。