フジテレビ時代に『情報プレゼンター とくダネ』で名を馳せた彼は、フリー転身後もその抜群の喋りの切れ味を買われ、首都圏のローカル局であるTOKYO MXの帯番組『バラいろダンディ』などでMCを務めていた。大手マスメディアとは一線を画す自由なコメンテーター陣を束ねる存在として、独自のポジションを確立しつつあった。
しかし、ブログ発言問題の影響はTOKYO MXのスタジオにも波及した。スポンサー企業からのクレームや抗議電話が相次ぎ、局側は降板の判断を下さざるを得なくなった。帯番組だけでなく、他局のレギュラー番組も次々と降板。アナウンス業界で圧倒的なトーク力と現場対応力を誇りながらも、一瞬の発言がすべての出演機会を奪い去るという、恐ろしいほどの過酷な現実がそこにはあった。