日本の展示空間におけるタブーへの挑戦は、常に激しい摩擦を生んできた。過激なアイロニーと身体描写で知られる現代美術家の会田誠が提示してきた問題作や、2019年に端を発し今なお議論が続くあいちトリエンナーレをめぐる騒動は、公的空間における「どこまでが表現として許されるのか」という問いを社会全体に突きつけた。
憲法第21条が保障する表現の自由は民主主義の根幹だが、それは他者の権利や公共の福祉を無制限に侵害してよい免許証ではない。美術館側が展示内容に対して自主規制を強める動きがある一方で、アーティスト側は制度の隙間を突く挑発を繰り返す。この緊張関係の中で、鑑賞者側が「自分も表現者である」と錯覚し、無許可の露出パフォーマンスを敢行する現象は、表現の自由の解釈がいびつに消費された結果とも言える。